ブス猫・・・・・・動物を看取る

変な夢を見た・・・・
家の中に上がってきた野良猫が、なんと天井で爪とぎをしているのだ。
まるで、普通のところを歩いたいるような感じで、地球の引力に逆らって、天井を歩き回り、あろう事か爪を研ぐなんて・・・・・

良く落ちないもんだと、感心しつつも、脚立か何かを持ってこないと、天井を歩く猫を確保できないと・・・・・

昨日、スーパーからの帰り道・・・・・
昔飼っていた猫のことを考えていた。

今でこそ、ペットの最後をしっかり看取ろうと思っているのだが・・・
そのように思うようになったのは、『誰もいない病室で最後を迎えるのは嫌だ」と呟いた夫の言葉を聴いてからだ・・・

その後のペット、ドングリもクーも最後の一呼吸までしっかり看取った。

しかし、昔の私は、意外と冷淡だった。

40年以上前のことだ・・・・

その猫に出合ったのは・・・・・

日当たりの悪い一間だけの小さな借家に私たち家族は住んでいた。
玄関をつぶして、1畳ほどの自称勉強部屋に私はいた。

庭を横切1匹の猫・・・・・・・

ずんぐりとした体型、頭でっかち・丸い尻尾・・・・・白と黄色(茶)の2毛猫
白も薄汚れて灰色に近い・・・・・

そのまま見過ごしてしまいそうな可愛げのない猫・・・・・

しかしそのときと私は、『『あーなんと、ブサイクな猫だろう。可哀想に誰からも可愛がられることもなく、一人で生きていくのだ。」

思わず声をかけた。

猫は立ち止まり、私を見た・・・・・

『そこに待ってて・・・今煮干を持って来てあげるから・・・・」

数匹の煮干を食べると、そのまま立ち去るものと思っていた。

ところがどうだ!!
その猫はぴょんと私の膝に乗ってきたのだ。

そのとき同時に背中でぴょんとノミが跳ねるのを私は見た!!!

膝から振り落としたのは言うまでもない・・・・・
私は大の虫嫌い、ましてノミ・ダニ・の類は・・・・・・

それは、この猫の散歩コースに私のうちがインプットされた日だった。

毎回、エサをやった訳ではないが、母が醜いから『ジャヤコマン」という名前で呼ぶようになった。
「ジャヤコマン」の意味は知らないが・・・・・・その名前はこの猫にふさわしいような気がした。

ホワッツ・マイケルという漫画に出てくる「ニャジラ」というブス猫を想像してもらえたら、そのような猫だった。

数年後、父が勝手に増築した風呂場に、入り込んで寝るようになった。
素人が建てた小屋なので、立て付けが悪く、戸を開けるのはかなり難儀した。
人間でさえ、コツがいる引き戸なのに、両手をぐいと差込み、大きな頭をねじ込んで入ってくるジャヤコマンは、ふてぶてしくもあった。

一度、顔にひどい怪我をして家の前の小さな陽だまりで寝ていることがあった。
お岩さん見たいで、そばに寄ることさえ怖い形相をしていた。

郵便やさんが配達する時、恐れをなして、チラッと見ながら、大げさに除けてポストに手紙を入れたとき、私は卑怯にも、「この猫は私には一切かかわりがござんせん」という態度をとった。

その当時、貧乏で、とても野良猫を病院に連れて行く余裕も考えもなかった。
このキズは自力でやがて治っていった。
出合った時高校生だった私も就職し、帰宅時間も遅く、日々忙しく過ごしていた。

冬の寒い日だった。
帰宅した私に・・・・
『もうダメみたいだよ』奥から母の声・・・・・
小屋の土間の毛布の上のに丸くなっていたジャヤコマンは2,3歩歩いて、私の傍へにじり寄ってきた。

背中を撫でながら、私は不意に漢文で習った、動物の死ぬる時、察知してノミ・ダニがゾロゾロ逃げ出すと言う言葉を思い出した。

ぞーっとした。ノミ・ダニが、私のほうへやってくる・・・・

毛布に戻して、わたしは、死に向かう猫を残して暖かい室内に入っていった。

翌朝、ジャヤコマンは、冷たくなっていたそうだ。

あの当時、涙も出なかったが、今これを書いている私は、後悔で涙が止まらない・・・・・

天井も引っかくよね・・・・・・

幸せな猫ソクラ

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この記事へのコメント

2009年01月24日 15:00
建替え前の古い我が家に居ついた野良猫の雌=アカ
その子供の内、長男に当たるチャコが死期を悟ったのか?
人間がいると警戒して絶対に家の中には入らないのが2晩、ソファに敷いた古いバスタオルの上で過ごし、3日目に廊下でお漏らしをしてから、出て行ったきり、帰りませんでした。
家に入ってきた時から、もう死臭がしていました。
具合が悪くなって初めて人間を頼ってくれたことがうれしかったです。
そのチャコにそっくりの「チャココ」が、今、外猫として毎日やってきます。
2009年01月24日 18:59
何となく泣けました。
犬・猫・・・、子供には負けますが・・可愛いですよね・・。
2009年01月24日 20:50
 若いころは、生きること、死ぬこと、それに命というものが良くわかっていなかったのかもしれません。年とともに、いろんな経験を重ねて、それらを実感としてわかるようになったんじゃないでしょうか。
 “冷淡だった”というのとは、ちょっと違うような気がします。
2009年01月24日 22:39
私はたくさんの生き物を飼ってきましたが、その死に立ち会ったことは一度もありません。立ち会う機会がないのをいい事に。結局勇気がないのです。
高校生ののんびり猫さんをしばらく越えられそうにありません。
のんびり猫
2009年01月25日 08:32
みる亭さん、
庭猫というのか外猫というのか、野良猫にも決まったルールがあるようですね。ジャコマンは決して座敷には上がってきませんでした。

この間、帰って来た猫ですね。チャココにも、そのような家族の歴史があったのですね。
のんびり猫
2009年01月25日 08:35
人生ゆっくりさん、
猫の思いと、ほんの気まぐれからエサをやった私・・・
両者の愛情の違いが、切ないです。
のんびり猫
2009年01月25日 08:40
遊哉さん、
そうかもしれません。
思いやりの心が、少し足りなかった。
動物への愛より、ノミダニを想像して、自分の保身をはかった・・・・
苦い思い出です。
のんびり猫
2009年01月25日 08:46
あぶさん、
私も、沢山生き物を飼っていましたが、その死に立ち会うということは多くありません。そして、結構自分本位に考えてしまうものですね。
2009年01月25日 15:05
子供の頃から動物好きな私が初めて親の許可を貰って、犬を飼いました。
それは中学生の時でした。
犬が病気になっても、病院へ連れいてくお金もなく、親に言っても「動物はそれで死んだらそれまで」というような事を言われて、ただ見守るだけの自分が情けなく、犬に申し訳なく、「自分でお金を稼げるようになるまでは、二度と生き物は飼わない、」そう思ったのでした。(その犬は4歳で他界しました。)
皆色々な思いを持っているのだとのんびり猫さんの記事を拝見してそう思いました。
ペットの死に直面、それは辛い。・・
考えたくないですねぇ・・・
でも現実はいつかはやってくるのですよね。
2009年01月25日 17:25
あみママ改めて「きらら」です。
ブログの方も新規一転、引っ越ししました。
これからもよろしくお願いします。

ソクラちゃんは幸せいっぱいですね。
私は6年前の父の終末期の苦しい姿に逃げたいと何度も思いました。
看取れるたった一人の娘にそう思われた父はどんなに悲しかったか・・と未だに自分を責めるときあります。
その時期はいろいろとあり私自身も精神的に余裕がなかったのでしょうが、
過去に戻れたら、、と思います。
それを思ったら昨年天国に行った猫アミは幸せでした。
人間もペットも「死」は必ずやってきますが・・辛いですね。
のんびり猫
2009年01月25日 19:37
ビオラさん、
兎に角、昔の犬猫は、人間の残り物を食べ,飲ませる薬も人間の薬を飲ませ、
ペットの病院もほとんどなかったように思います。人間でさえ、病院に連れて行ってもらえない事もありました。
のんびり猫
2009年01月25日 19:43
きららさん、
付き添っているのも大変です。確かに逃げたくなりますよ。
何しろそういう経験って余り出来ないものなので、、今度こそ立派に付き添いたいと思っても、チャンスがないもので・・・
経験が生かせないのも辛いものです。

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